東京高等裁判所 平成2年(行ケ)174号 判決 1994年1月26日
東京都大田区南蒲田2丁目16番46号
原告
株式会社トキメック
代表者代表取締役
廣野信衛
東京都品川区東大井1丁目9番37号
原告
株式会社加藤製作所
代表者代表取締役
加藤正雄
両名訴訟代理人弁理士
高橋勇
同
岩堀邦男
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官
麻生渡
指定代理人
田村敏朗
同
奥村寿一
同
涌井幸一
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告ら
特許庁が、昭和61年審判第22003号事件について、平成2年5月17日にした審決を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告らは、昭和55年9月1日、名称を「建設車輌用負荷制御装置」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録請求をしたところ、昭和61年8月22日に拒絶査定を受けたので、同年10月30日、これに対し不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を昭和61年審判第22003号事件として審理したうえ、平成2年5月17日、「本件審判の請求は、成り立たない」との審決をし、その謄本は、同年7月30日、原告らに送達された。
2 本願考案の要旨
別添審決書写し記載のとおりである。
3 審決の理由の要旨
別添審決書写しのとおり、審決は、本願出願前にわが国において頒布された実願昭53-64307号の願書に最初に添付された明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム(以下「第1引用例」といい、そこに記載されたものを「第1引用例考案」という。)及び特開昭55-63196号公報(以下「第2引用例」といい、そこに記載されたものを「第2引用例発明」という。)の各記載を引用し、本願考案は、第1引用例考案及び第2引用例発明から当業者がきわめて容易に想到しうる程度と認められ、実用新案法3条2項の規定により、実用新案登録を受けることができないと判断した。
第3 原告ら主張の審決取消事由の要点
審決の理由のうち、第1引用例の記載内容の認定及び第1引用例考案と本願考案との一致点の認定はいずれも認める。第2引用例の記載内容の認定については、記憶手段を複数の負荷に対応して複数の記憶素子により構成したもの(審決書6頁12~14行)が記載されているとする点を除き、認める。
しかしながら、審決は、本願考案と第1引用例考案との相違点<1>につき、誤った認定判断をし(取消事由1)、相違点<2>につき、誤った認定をしたうえ、第2引用例の技術内容を誤認したため、その判断を誤り(取消事由2)、その結果、本願考案がきわめて容易に想到できるとの誤った判断に至ったものである(取消事由3)から、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点<1>の認定判断の誤り)
審決は、本願考案と第1引用例考案との対比において、旋回台側と台車側との信号伝送において、本願考案は、ロータリーブラシを介しているのに対し、第1引用例考案は、アンテナを介している点で相違すると認定したが、誤りである。
第1引用例考案は無線回路であり、アンテナは信号を受送信するものであるが、この信号を伝播するためには、信号を搬送波に乗せなければならず、このために搬送波用の変調器及び復調器を含めた送受信器の構成が必須である。
これに対し、本願考案は有線回路であり、ロータリーブラシにより、搬送波を一切必要とすることなく、信号のみでもこれを十分に伝播できる構成となっている。
したがって、両者の対比は、正しくは、「本願考案がロータリーブラシを介しているのに対し、第1引用例考案はアンテナ(第1アンテナ13、第2アンテナ15)、変調器20(発信器の要部)及び復調器(受信器の要部)を介している点で異なる。」と認定されるべきである。
そして、本願考案は、無線回路を採用せずに、公知のロータリーブラシ方式を改良し、並列一直列変換回路を介した後にロータリーブラシを設ける構成を採用することによって、最小限のロータリーブラシで多くの出力信号に対応できるようにしたため、誤作動のない安価で簡単な、しかも小型化を図ることができる装置を提供することができるという顕著な効果を奏するものである。
これに対し、第1引用例考案の信号伝送回路は、変調器及び復調器を含めた構成を必須のものとするから、ロータリーブラシに比較して、複雑な構成で、価格的にも数倍から十数倍という格段に高価なものとなる。さらに、同一作業現場で複数台の作業機を操作する場合のノイズ対策も不可欠であることから、発信周波数を変えるための所定のシールドと発信選別回路も別途必要となる。
審決は、このような本願考案と第1引用例考案との構成、効果の差異を看過し、「無線によることは、ロータリーブラシを介して伝送する場合におけるロータリージョイントの修理のやつかいさを解消するためのものである」との誤った断定をしたうえ、「当該修理のやつかい性を考慮せずに単にロータリーブラシを介して伝送を図るようなことに格別な考案力を要するものとは認められない」との誤った判断をした。
2 取消事由2(相違点<2>の認定判断の誤り)
審決は、相違点<2>の認定において、本願考案の記憶手段につき、「・・・一時的に記憶する記憶手段を設け」とのみ認定し、本願考案の要旨に示された「記憶手段を、複数の負荷に対応して複数の記憶素子により構成し、」との重要な構成要素を看過した。
本願考案のこの構成の内容は、「第2の信号変換回路」が、時分割されて繰り返し巡回して直列信号で順次送られて来る複数の制御信号を元の並列信号に変換する機能を有し、「記憶手段」が、「第2の信号変換回路」の出力を一時的に記憶する機能を有するものとし、さらに、当該「記憶手段」を、その内容的限定として「複数の負荷に対応して複数の記憶素子により構成し」たものであり、これによって、第2の信号変換回路から繰り返し巡回して出される出力(並列信号)が、対応する複数の記憶素子によって複数の負荷に対して1対1対応で順次一時的に(一巡ごとに)切り換えられて記憶され、同時に各負荷に対する出力状態(駆動又は非駆動状態)が個別的に維持されることになるのである。例えば、発信側からの制御信号に変化がない場合には、一時記憶が(一巡ごとに)切り換えられて継続され、結果的には一時記憶状態が固定された状態で継続する。このことは、明らかに受信信号に対する解読機能(デコード機能)が作動していることを意味する(甲第6号証の16頁13~17行)。このように、本願考案では、複数の負荷に対して複数の記憶素子が1対1で対応してなる論理回路として機能する記憶手段を有し、受信信号に対する解読機能(デコード機能)及びこれに伴う各負荷を格別に安定して動作させることができる。
これに対し、審決が本願考案の「複数の負荷に対応して複数の記憶素子により構成し」た記憶手段に対応するものとして挙げる第2引用例発明のデータレジスタは、複数のデータワードをワード単位で一時記憶するものにすぎず、同時に記憶する機能は有しないから、各負荷ごとにデータレジスタの記憶内容を変えないと機能しないものである。すなわち、本願考案のような1対1対応(1ビット対1操作)のものではなく、また、内容を適宜変更できるものであって、その記憶素子は、簡単に書換え可能なデータを有する素子で、安定性はない。
以上のとおり、両者の記憶素子は全く相違しているから、第1引用例考案に第2引用例発明の記憶手段を適用して、本願考案の構成に至ることは、当業者が適宜なしうることではなく、審決の相違点<2>についての認定判断は、誤りである。
3 取消事由3(容易想到性の判断の誤り)
上記のとおり、本願考案は、無線回路を採用せずに、公知のロータリーブラシ方式を改良し、安価で簡単な構成により、多数の負荷に対応でき、誤動作のない制御装置を提供するものであるのに対し、第1引用例には、無線回路を利用した制御装置が記載されているだけであり、第2引用例には、本願考案とは異なる一時記憶手段を設けたものが記載されているにすぎない。してみれば、本願考案は、第1、第2引用例を組み合わせたものとは、構成、効果の点で格段に優れており、第1、第2引用例から当業者が容易に想到できるようなものではない。
また、記憶手段の書換周期を50ms以下に設定することは、全て割り込み信号がない状態において、ホーンやパッシングライト等の応答性を良好にし、もって安全性を確保する上からも、必須の事項であり、書換周期時間を50ms以下の短時間にして応答性を上げたことにも相当の考案力が必要である。この点を、動力装置の応答性等を考慮して適宜に採用される単なる設計事項にすぎないとした審決の判断も誤りである。
第4 被告の主張
1 取消事由1について
審決が、第1引用例考案がアンテナを介すると認定したのは、相違点<1>の判断において明示しているように(審決書5頁8~10行)、操作信号を旋回台側から台車側へ伝送する伝送路として、無線を用いたものであることを示したものである。
原告らは、本願考案が搬送波による電送方式を一切必要としないとして、本願考案における伝送路のみと第1引用例考案の伝送路と伝送方式とを対比している。しかしながら、本願考案の要旨には、「第1の信号変換回路の出力をロータリーブラシを介して受信する」と伝送路のみが特定されており、変換回路の出力をどのようにして送るかの伝送方式については何ら特定しておらず、搬送波による伝送方式を排除していない。そして、一般に信号の伝送において、伝送路が有線であっても、搬送波を用い、その搬送波を変調して伝送する伝送方式は周知であり、むしろ、この方式が普通である。したがって、原告ら主張の対比は誤りであり、これを前提として、第1引用例の変調器、復調器を含む送受信器が複雑で高価であるとする主張も当を得ないものである。また、ノイズ対策については、有線であっても、パルスあるいはデジタル信号を伝送する場合にはその対策を考慮すべきことは技術常識であるから、この点を相違点とする主張も相当でない。
第1引用例には、従来技術としてロータリーブラシを介して信号を伝送する建設機械が挙げられ、その欠点としてロータリージョイントが大型化することや修理がやっかいであることが指摘されている。第1引用例考案は、並列信号を直列信号に変換することにより伝送回線を減少し、無線による伝送を選択することによって、この欠点を一挙に解決したものである。してみれば、並列信号を直列信号に変換することにより伝送回線を減少したうえ、ロータリージョイントの修理のやっかい性を考慮せずに、有線による伝送を選択することに、何らの考案力を要するものでないことは明らかである。
相違点<1>についての審決の認定判断に誤りはない。
2 同2について
原告らは、本願考案が「この記憶手段を、複数の負荷に対応して複数の記憶素子により構成する」ことを要旨とするから、一つの負荷に対応して一つの記憶素子が1体1に対応する場合のみが含まれ、一つの負荷に対応して複数の記憶素子が対応する場合は含まれないと主張する。しかしながら、本願明細書の上記の記載をもって、負荷と記憶素子が1対1に対応する場合のみを意味するものとは到底理解しえず、原告らの主張は、単なる実施例に基づく主張であって失当である。
一方、第2引用例の記載(4欄2~9行、6欄10行~7欄4行、同5~15行)によると、第2引用例には、すべてのスイツチの操作状態を1サイクルごとに並列に読み取り、その並列符号を直列に変換し、変換された直列符号を一つの単位ワードとし、このワードを前記1サイクルの間に複数回繰り返して読み出して直列にして受信側に送り出し、受信側では、送られてきた直列符号をワード単位を識別してその単位ワードごとに並列符号に変換し、変換した並列符号をデータレジスタに一時記憶させ、出力回路を通して被操縦機械を制御するものが記載されている。そして、データレジスタの各記憶素子は、被操縦機械の操縦すべき負荷に対応するものでなければならないことは明白であるから、運転指令スイツチの操作状態とデータレジスタとの関係は、1サイクルで定められた時間間隔でその状態を検出して書き換えるものである。1サイクルの間に複数回書き換えられるのは、データの誤り等に対する対策を図っているものであり、本願考案に比較してより高級な技術を開示しているものである。第2引用例には、原告ら主張のような技術が全く開示されておらず、同引用例の解釈に係る原告らの主張は失当である。
仮に第2引用例発明が原告ら主張のような技術であれば、何らの負荷制御もなしえないはずであり、本願考案と第2引用例の技術事項につき、誤った理解を前提とする原告らの主張は理由がない。
3 同3について
一般に信号の伝送において、伝送路が有線であっても無線であっても、被制御機器に対して伝送路を個別的対応させる(機器ごとに専用の伝送路を要する)並列伝送では、大型化は解消されず、これを解消するため、信号を直列にして伝送路を共用することは第1引用例におけるように周知である。
また、第2引用例における一時記憶手段と本願考案における一時的記憶手段とは本質的に何らの差異はない。
したがって、本願考案は、第1、第2引用例に基づいて当業者がきわめて容易に想到できるものであり、その際、信号書換え時間の1サイクルをどの程度の間隔とするかは、設計時に当然に定めなければならない事項であり、その基準の一つとして動力装置の応答性を考慮することは、安全性確保の上から自明の事項であり、その時間を50ms以下とすることは、まさしく設計事項にすぎない。
これと同旨の審決の容易想到性の判断に誤りはない。
第5 証拠関係
本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立については、当事者間に争いがない。)。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由1について
原告らは、本願考案は有線回路であり、ロータリーブラシを用いることにより、搬送波を一切必要とせず、信号のみでもこれを十分に伝送できる構成となっている旨主張する。
しかしながら、前示当事者間に争いのない本願考案の要旨によれば、本願考案は、旋回台側から台車側への信号伝送について、「第1の信号変換回路の出力をロータリーブラシを介して受信する」として、有線による信号伝送路を規定しているに止まり、その伝送方式については規定するところがないことが明らかである。そして、乙第1号証によれば、信号の伝送において、伝送路が有線であっても、搬送波を用い、その搬送波を変調して伝送する伝送方式が本願出願前周知の技術であったことが認められ、この事実によれば、本願考案の上記構成が搬送波を必要としないものに限定されたものと解することはできず、原告らの主張は、すでにその前提において誤りである。
したがって、審決が、本願考案と第1引用例考案とを対比するに当たり、本願考案の有線による信号伝送路を示す構成である「ロータリーブラシ」に対応するものとして、第1引用例考案の無線による信号伝送路を示す構成である「アンテナ」を挙げて、これを両者の相違点として摘示したことは相当であり、この点に、原告ら主張の誤りはない。
次に、原告らは、審決がロータリーブラシを用いた簡単で安価な有線回路でありながら、装置の小型化等を図れるという本願考案の目的、効果を看過し、第1引用例考案における無線回路の採用は、ロータリージョイントの修理のやっかいさを解消するためのものであると断定し、これに基づいて、相違点<1>に格別の考案力を要するものとは認められないと判断したことを誤りであると主張する。
確かに、審決の「無線によることは、ロータリーブラシを介して伝送する場合におけるロータリージョイントの修理のやつかいさを解消するためのものであることは明白であり、当該修理のやっかい性を考慮せずに単にロータリーブラシを介して伝送を図るようなことに格別な考案力を要するものとは認められない。」とする説示(審決書5頁10~16行)は、本願明細書(甲第2号証)の記載から、本願考案が信号伝送路として従来のロータリーブラシを用いる有線の建設車輌用負荷制御装置の改良考案であることが明らかであるのに、このことの意義を正当に評価せず、本願考案の進歩性を判断するに当たり、これと信号伝送路を異にする無線を採用する有利性を強調して、他を顧みなかった理由不備の誹りを免れないといわなければならない。
しかしながら、乙第1号証からも認められるとおり、信号伝送路として有線を用いるか無線を用いるかは、距離的地形的条件を考慮して当業者が適宜決定することは、本願出願前周知の事項であるうえ、前示当事者間に争いのない第2引用例の記載内容と甲第4号証によれば、第2引用例には、「運転手がクレーンなどの被操縦機械を離れた場所からの操作で操縦する」遠隔操縦装置(同号証2欄12~13行)において、「負荷操作部と、この負荷操作部(運転指令スイツチ群1)から並列に出力される複数の負荷制御信号を直列信号に変換する並列-直列符号変換回路2を操縦側(送信側)に装備するとともに前記並列-直列符号変換回路2の出力を受信してこれを複数の並列信号に変換する直列-並列符号変換回路14と、この直列-並列符号変換回路14の出力に基づいて動力部に所定の制御信号を出力する出力部(出力回路20)とを被操縦側(受信側)に装備するもの」(審決書5頁18行~6頁8行)が記載されていることが認められ、この遠隔操縦装置の構成が本願考案と第1引用例考案の一致点の構成と同じであることは明らかである。そして、第2引用例発明が「無線遠隔操縦装置に限らず、有線遠隔操縦装置にも適用可能である」(同号証15欄7~8行)ものであることからすれば、この種遠隔操縦装置において、信号伝送路を無線とするか有線とするかは、第2引用例に基づき当業者の任意に選択できる事項と認められ、この事実によれば、第1引用例考案における無線による信号伝送路に代えて、本願考案における有線による信号伝送路を採用することは、当業者にとって格別の考案力を要しないことというべきである。
そうすると、審決の相違点<1>についての判断は、その結論において正当であり、前示説示の不十分さは、審決の結論に影響を与えるものではないといわなければならない。
原告ら主張の取消事由1は理由がない。
2 同2について
本願考案が、「前記出力部と第2の信号変換回路との間に、当該第2の信号変換回路の出力を一時的に記憶する記憶手段を設け、この記憶手段を、複数の負荷に対応して複数の記憶素子により構成し、この記憶手段に対する繰返し入力の周期を50〔ms〕とした」構成をその要旨の一部とすることは、当事者間に争いがない。
この構成の有する技術的内容を、本願明細書(甲第2号証)の考案の詳細な説明の項の本願考案の実施例を図面第3図及び第4図に基づいて説明している部分の記載(同号証4欄11行~8欄4行)により検討すると、そこには、次の記載があることが認められる。
「受信器18は、上記のタイミング信号を用いて、直列信号Sを並列信号Pに逆変換して記憶するようになつている。すなわち、受信器18が備えているカウンタ30はクロツクパルスCをカウントするとともに、リセツトパルスRでリセツトされるようになつているから、発信器14内のカウンタ21と同じ動作を行い、カウント値が常に一致する。したがつて、このため、受信器18側のデコーダ31でデコードされたゲート信号は、旋回台2側のデコーダ22と同じ出力X、YおよびZを与える。
直並変換器32内では、直列信号SがANDゲート34Aないし34Cに、また反転回路(原文の「反回転路」は上記の誤記と認める。)33で反転された反転直列信号SがANDゲート35Aないし35Cに与えられているので、ゲート信号X、YおよびZが送出されると、これによって記憶手段36の各フリツプ・フロツプ(原文の「スリツプ・フロツプ」は上記の誤記と認める。)形記憶素子にこのデータが順次記憶される。例えば、ゲート信号Xが「1」の時に直列信号Sが「1」であれば、ANDゲート34Aから信号「1」が送出され、ANDゲート35Aからは信号「0」が送出される。なお、記憶素子36Aは入力信号が「1」の時だけ動作するようになつているから、この場合はF側が「1」、F側が「0」になり、この状態が次のゲート信号Xが送出されるまで記憶される。記憶素子36Bおよび36Cも全く同様にして動作し、直列信号Sから該当する信号を選択して記憶するようになつている。
すなわち、これによつて直列信号Sが並列信号Pに逆変換され、記憶手段36内の各記憶素子36Aないし36Cに確実に順次記憶される。そして、この記憶内容はゲート信号が一巡するたびに更新される。」(5欄35行~6欄23行)
「各記憶素子36Aないし36Cの各記憶信号は、スイツチ4Aないし4Cの各「ON-OFF」の出力に対応し、それぞれ出力部19内の各スイツチング素子19Aないし19Cを介して動力装置9に与えられ、旋回台2がいかなる位置に回動しても、見掛け上はスイツチ4Aないし4Cによつて動力装置9を直接動作させるのと全く同じようにして、各負荷装置を制御することができる。」(同6欄43~7欄6行)
以上の記載と本願考案の要旨によれば、本願考案の上記構成は、負荷操作部から並列に出力される複数の負荷制御信号を第1の信号変換回路により直列信号に変換して順次出力することを前提とし、受信側における構成として、受信した直列信号を、第2の信号変換回路により発信側の並列の負荷制御信号に対応する並列の負荷制御信号に逆変換したうえ、この並列の負荷制御信号に対応する複数の記憶素子よりなる記憶手段により、ゲート信号が一巡するまで一時的に記憶させ、この記憶手段に対する繰返し入力の周期を50〔ms〕以下とする機能を有するものであり、これにより、動力装置に所定の制御信号を伝達し、負荷操作部の負荷操作(運転指令)どおりに、動力装置を動作させる効果を得るものであることが認められる。
甲第6号証の1により認められる東京農工大工学部教授鹿野快男作成の鑑定書において、本願考案の記憶手段は、「入力を一時記憶するともにその入力段にある第2の信号変換回路との相乗効果により負荷に対応して記憶内容を変更不可能とする論理回路として機能する記憶手段、つまりデコーダ(解読器)である。」(同号証6頁14~17行)と記載しているのは、以上に摘示した機能を述べているものであると理解され、もしそれ以上のことを述べているとすると、それは本願考案の要旨に基づかない理解として、採用に値しないというべきである。また、同鑑定書には、本願考案の「複数の記憶素子は、複数の負荷に対応しており、具体的には、複数の記憶素子に対し複数の負荷が1対1(1ビット対1操作)で対応しており」(同6頁12~14行)と記載されているが、本願考案の要旨には、「この記憶手段を、複数の負荷に対応して複数の記憶素子により構成し」とあって、複数の負荷制御信号の各々に対応する複数個の記憶素子を設けることを規定するのみであって、一つの負荷操作に基づく負荷制御信号が1ビットであることに限定するものとは理解できないことに照らし、1ビット対1操作の点を本願考案の要旨に基づく構成ということはできず、上記見解及びこれと同旨の原告らの主張は採用できない。
一方、第2引用例(甲第4号証)には、「信号に誤りが生じた場合には機械を事前に停止させるフエールセーフ系を持つ」(同号証2欄16~20行)デイジタル伝送方式による遠隔操縦装置に関する第2引用例発明につき、以下の記載があることが認められる。
「遠隔操縦のための直列符号をFS変調信号にして伝送する送信部と、この送信部からのFS変調信号より復調した直列符号を並列符号に変換してデータレジスタに一時記憶しデータレジスタの出力データを出力回路を通して被操縦機械に運転指令出力として送出する受信部とを備えた遠隔操縦装置において、受信部内に送信部からのFS変調信号の特定周波数成分または送信部からFS変調信号と共に伝送される特定周波数信号を抽出する帯域濾波器およびこの帯域濾波器の出力レベルを所定レベルと比較するレベル比較器を設け、上記濾波器の出力レベルが一定時間以上連続して所定レベル以下となつたとき上記レベル比較器の出力により前記運転指令出力を全て断とするようにしたことを特徴とする遠隔操縦装置」(特許請求の範囲)
「運転指令スイツチ1を操作すると、その操作状態に応じた並列符号が並列-直列符号変換回路2に書込まれる。この並列符号は並列-直列符号変換回路2から1サイクル複数ワードの直列符号として繰返し読出され、さらに1サイクル毎に挿入される同期ワードや符号誤り検出のためのパリテイビツトおよび反転連送符号等の必要な符号を付加された後、・・・受信部側に伝送される」(同号証6欄10~7欄4行)
「一方、第2図の受信部において・・・この復調された直列符号は直列-並列符号変換回路14、同期ワード検出回路15および符号誤り検出回路16に入力される。
直列-並列符号変換回路14は入力された直列信号をデータワード単位で並列符号に変換するもので、その並列符号はデータレジスタ17に送られて各データワード毎に一時記憶される。」(同7欄5~15行)
「データレジスタ17は読込み制御回路18および計数回路19によって制御される。読込み制御回路18は同期ワード検出回路15からの同期検出信号によつて、伝送された直列符号に同期するように制御され、各データワード終了後において符号誤り検出回路16(原文の「19」は上記の誤記と認める。)が符号誤りを検出していないことを確認するとデータレジスタ17に読込み指令信号Aを送る。これによりデータレジスタ17は直列-並列符号変換回路14からそのデータワードの並列符号を読込んで新たに記憶する。逆に符号誤り検出回路16が誤りを検出した場合は、読込み制御回路18は読込み指令信号Aを出さないので、データレジスタ17ではその誤りの生じたワードの内容を更新することなく、前サイクルの誤りのないデータを保持することになる。」(同8欄4~19行)
「データレジスタ17の出力は、出力回路20を介して例えばクレーン等の被操縦機械21に運転指令出力として供給される。出力回路20はデータレジスタ17の出力データを被操縦機械21の制御に適した信号形態に変換するものである。」(同9欄7~12行)
以上の記載によれば、第2引用例には、信号に誤りを生じたとき、機械を事前に停止させるフェールセーフ系を備えた遠隔操縦装置において、信号がデータワード毎に送信一受信され、これがデータワード毎に同時に一時記憶され、発信側からの制御信号に変化がない場合には、一時記憶が一サイクルごとに切り換えられて継続され、符号誤り検出回路が誤りを検出した場合には、その誤りの生じたワードの内容を更新するすることなく、前サイクルの誤りのないデータを保持し、1個の運転指令に対して1対1に対応した出力信号として出力される構成が記載されていることが認められる。なお、原告らが主張するように、第2引用例発明のデータレジスタが複数のデータワードをワード単位で一時記憶するものにすぎず、発信側の負荷信号ごとにデータレジスタの記憶内容を変えるものであるとすると、何らの負荷制御もすることができず、上記記載に示される動作をしないことになることは明らかであるから、原告らの主張は、第2引用例発明の内容を誤解したものであって、採用に値しない。
してみると、信号の伝送がワード単位によるものである第2引用例発明においても、各運転指令に対して1対1に対応した出力信号を記憶する各記憶素子を備えた構成を含むものと理解され、本願考案の要旨に示す「複数の負荷に対応して複数の記憶素子により構成し」た記憶手段を有するものと認めて差し支えないといわなければならない。
したがって、相違点<2>に関する審決の認定に原告ら主張の誤りはなく、この認定を前提として、第2引用例発明に基づき、信号変換回路と出力部との間に複数の負荷に対応して複数の記憶素子により構成された記憶手段を設けることは、当業者が適宜になしうる程度のこととした審決の判断は相当である。
原告ら主張の取消事由2は理由がない。
3 同3について
乙第1号証によれば、並列信号を直列信号に変換して順次送信することにより信号伝達に要する連絡路を少なくできることは周知の技術手段であることが認められ、これによれば、信号伝送路としてロータリーブラシを用いる場合においても、装置の構造を単純化し小型化することができることは自明というべきであり、また、第2引用例における記憶手段と本願考案との記憶手段とは同一の構成というべきことは、上記2に認定のとおりである。
そうとすると、これらの技術手段を組み合わせて本願考案の構成とすることは、当業者にとってきわめて容易に想到できることといわなければならない。そして、この組み合わせによれば、原告ら主張の本願考案の効果が生ずることは当然に予測できることであるから、本願考案の効果をもって、格段の効果ということもできない。
原告らは、本願考案において、「この記憶手段に対する繰返し入力の周期を50〔ms〕以下に設定したこと」にも相当の考案力が必要であると主張するが、この繰返し入力の周期(書換周期)が長すぎると、運転指令とこれに基づく動力装置の動作の開始との間に不必要な時間的間隙が生じ、動力装置の応答性を鈍くし、安全性確保の見地からも好ましくないので、これらの点を考慮し、その書換周期をなるべく短いものとして決定することは、当業者が当然に定めなければならない設計事項であると認められる。本願考案の上記構成に、それ以上の特段の効果があることは、本件全証拠によってもこれを認めることはできない。
したがって、本願考案は第1引用例と第2引用例及び周知技術に基づいて当業者がきわめて容易に想到することのできるものというべきであり、これと同旨の審決の判断は相当である。
原告ら主張の取消事由3の主張も理由がない。
4 以上のとおりであって、原告ら主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵も見当たらない。
よって、原告らの本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 木本洋子)
昭和61年審判第22003号
審決
東京都大田区南蒲田2丁目16番46号請求人 株式会社東京計器
東京都品川区東大井1丁目9番37号
請求人 株式会社 加藤製作所
東京都千代田区岩本町3丁目1番7号 中村ビル7階
代理人弁理士 高橋勇
昭和55年実用新案登録願第124210号「建設車輛用負荷制御装置」拒絶査定に対する審判事件(平成 1年 1月12日出願公告、実公平 1- 1340)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
本願は、昭和55年9月1日の出願であつて、その考案の要旨は、出願公告された明細書および図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりの、
「負荷操作部と、この負荷操作部から並列に出力される複数の負荷制御信号を直列信号に変換する第1の信号変換回路とを旋回台に装備するとともに、
前記第1の信号変換回路の出力をロータリーブラシを介して受信するとともにこれを複数の並列信号に変換する第2の信号変換回路と、この第2の信号変換回路の出力に基づいて動力部に所定の制御信号を出力する出力部とを台車側に装備してなる建設車輛用負荷制御装置において、
前記出力部と第2の信号変換回路との間に、当該第2の信号変換回路の出力を一時的に記憶する記憶手段を設け、
この記憶手段を、複数の負荷に対応して複数の記憶素子により構成し、この記憶手段に対する繰返し入力の周期を50〔ms〕以下に設定したことを特徴とする建設車輛用負荷制御装置。」にあるものと認める。
これに対して、当審における実用新案登録異議申立人が昭和54年11月21日付で出願公開された実開昭54-166001号公報(以下甲第1号証という)の明細書よび図面であると主張して提出した、すなわち実願昭53-64307号(実開昭54-166001号)の願書に最初に添付された明細書および図面を撮影したマイクロフイルム(以下、「甲第1号証」という)には、負荷操作部(信号入力スイツチ群18)と、この負荷操作部から並列に出力される複数の負荷制御信号を直列信号に変換する信号変換回路19とを旋回台3に装備するとともに前記信号変換回路19の出力を変調器20、第2アンテナ15、第1アンテナ13、復調器21を介して受信するとともにこれを複数の並列信号に変換する信号変換回路22と、この信号変換回路の出力に基づいて動力部等に所定の制御信号を出力する出力部とを台車1側に装備し、信号の伝送路におけるロータリジョイントの大型化や接触不良時の修理のやつかいさを解消する建設車輛用負荷制御装置が開示されている。
そこで、本願考案(以下、「前者」という)と前記甲第1号証に開示されたもの(以下、「後者」という)とを対比すると、<1>.旋回台側と台車側との信号伝送において、前者は、ロータリーブラシを介しているのに対し、後者は、アンテナを介している点、<2>.前者は、第2の信号変換回路と出力部の間に当該第2の信号変換回路の出力を一時的に記憶する記憶手段を設け、当該記憶手段に対する繰返し入力の周期を50〔ms〕以下に設定しているのに対し、後者は、第2の信号変換回路に相当する信号変換回路22と出力部の間に当該信号変換回路22の出力を一時的に記憶する記憶手段を具えるか否か不明である点で両者は相違するが、負荷操作部と、この負荷操作部から並列に出力される複数の負荷制御信号を直列に変換する第1の信号変換回路とを旋回台に装備するとともに、前記第1の信号変換回路の出力を受信するとともにこれを複数の並列信号に変換する第2の信号変換回路と、この第2の信号変換回路の出力に基づいて動力部に所定の制御信号を出力する出力部とを台車に装備した建設車輛用負荷制御装置である点で両者は一致する。
つぎに、前記相違点<1>、<2>について検討する。
<1>の相違点について、
後者は、旋回台側の操作信号を台車側へ伝送するのに無線を用いたものであるが、無縁によることは、ロータリーブラシを介して伝送する場合におけるロータリージョイントの修理のやつかいさを解消するためのものであることは明白であり、当該修理のやつかい性を考慮せずに単にロータリーブラシを介して伝送を図るようなことに格別な考案力を要するものとは認められない。
<2>の相違点について、
遠隔操縦装置(前者においても遠隔操縦装置とみることができる)において、負荷操作部と、この負荷操作部(運転指令スイツチ群1)から並列に出力される複数の負荷制御信号を直列信号に変換する並列-直列符号変換回路2を操縦側(送信側)に装備するとともに前記並列-直列符号変換回路2の出力を受信してこれを複数の並列信号に変換する直列-並列符号変換回路14と、この直列-並列符号変換回路14の出力に基づいて動力部に所定の制御信号を出力する出力部(出力回路20)とを被操縦側(受信側)に装備するものにおいて、出力部と直列-並列符号変換回路14との間に、当該変換回路14の出力を一時的に記憶する記憶手段(データレジスタ17)を設け、この記憶手段を、複数の負荷に対応して複数の記憶素子により構成し、所定の周期でこの記憶手段に繰返し入力するものは、前記実用新案登録異議申立人が提出した甲第2号証の特開昭55-63196号公報に記載されており、後者において、信号変換回路22(甲第2号証に記載の直列-並列符号変換回路に相当する)と出力部の間に前記のような記憶手段(データレジスタ)を設けるようなことは当業者が適宜になし得る程度のことにすぎず、その際、記憶手段の書き換え周期を50〔ms〕以下に設定するようなことは、動力装置の応答性等を考慮して適宜に採用される単なる設計事項にすぎない。
してみると、本願考案は、前記甲第1号証および甲第2号証に記載されたものから当業者がきわめて容易に想到し得る程度と認められる。
したがつて、本願考案は、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。
よつて、結論のとおり審決する。
平成2年5月17日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)